NPO法人会計基準の改正について

■はじめに

NPO法人会計基準の改正については、ソーシャルセクターに関わる会計専門家を中心に周知活動を進めているところですが、ここで私なりの解説を残しました。内容については、やや経理実務担当者や会計専門家むけとなっています。

また、NPO法人会計基準協議会からもポイント解説新旧対照表を出されていますので、あわせてご確認ください。より深く理解されたいときは、NPO法人会計基準[完全収録版 第3版]の書籍 も是非お買い求めください。

今回の改正の関わられた皆様には、この場を借りて深く御礼を申し上げます。

 

■改正基準の採用時期

理論上は、2017年9月決算で12月末が提出期限の財務諸表より、改正基準の採用が可能です。3月決算の法人であれば、2018年3月決算からの対応をご検討いただき、その一方で十分な準備のうえ2019年3月決算からの対応を目指す形でも差し支えありません。

この点については、「2017 年 12 月 12 日『NPO法人会計基準』の一部改正について にも、以下のとおり記載されています。また、NPO法人会計基準協議会事務局からも、当面は改正前後どちらの基準に従った財務諸表も受理して公開するよう、所轄庁にご回答されているそうです。

 

この改正された会計基準の適用時期はNPO法人の任意です。もちろん可能な限り早く改正後の基準を適用していただく方が望ましいのですが、準備等の理由から当面、改正前と改正後の会計基準を適用した財務諸表の双方が作成され公表されることになります。

 

 

ASBJ(企業会計基準委員会)の設定する会計基準の場合には、適用時期について基準内や結論の背景で明記しています。一方で、NPO法人会計基準にはかような記載はありません。適用時期を明記していない理由は、「NPO法人会計基準策定の経緯と経過の69項等の延長にあるものと考えられます。

 
適用時期など
69.NPO法人会計基準は純粋に民間の立場で作成したものですから、法律に基づいた規則などと違って、いつから適用すると決めることができる性格のものではありません。われわれとしては、NPO法人会計基準をただちに採用できる体制にあるところは、できるかぎり早く使ってほしいと考えていますし、しばらく準備がいるというところではその準備期間が終わり次第適用することを望んでいます。したがって通常の会計基準でよく示されている経過期間などを示すことはなじまないと考えています。
以上のようなことですから、過渡期には従来の方法によるものであるとか、NPO法人会計基準に準拠したものであるとか、種々の会計報告がなされることとなると予想されますが、所轄庁としてはそれをそのまま受理して閲覧に供していただきますようお願いする次第です。 
 

 

■なぜ、会計基準を改正するのか

会計基準という「モノサシ」が変わることについて、素朴に疑問を感じる方もいるかと思います。なぜ、同じ「モノサシ」で測り続けないのか。

一般論として、会計基準は社会的要請により継続的発展を遂げてきたと言われ、「モノサシ」も時代の変化に対応してきました。

古い例を挙げれば、大航海時代までは航海後の解散価値のわかる財産目録があれば会計情報として十分でしたが、東インド会社の登場などにより大規模に資本を集めて事業が継続的に行われるようになり、フロー情報である損益計算書が発展しました。

近年の例を挙げれば、企業活動が国際化したことに伴い、ガラパゴス化した日本の会計基準IFRSとの差を埋めるべく、2000年以降にいわゆるコンバージェンスと呼ばれる題目のもと、毎年のように会計基準の改正が行われました。

 

ソーシャルセクターは、今後も確実に発展を遂げていきます。その活動規模も欧米のように大きくなり、社会的影響力も増していくことでしょう。また、休眠預金法案に関する議論の中でも、会計報告の重要性は強く説かれています。

ソーシャルセクターが発展する中、NPO法人会計基準も継続的高度化の過程にあります。NPO法人会計基準は、中小規模のNPO法人の使いやすさにも配慮して策定されていますが、大規模NPO法人も台頭してきている中で、会計基準も変化する必要が出てきています。この点については、日本公認会計士協会NPO法人会計基準協議会が、「NPO法人会計基準の今後の開発に向けて」「『NPO法人会計基準のQ&Aの改正に関する公開草案に対する意見の提出についてのように議論やコミュニケーションを続けています。なお、会計専門家には馴染みの深い「非営利監査六法」ですが、NPO法人会計基準の本文はまだ掲載されていません。その一方で、各関係者もNPO法人会計基準の重要性は認識しており、他の非営利法人会計基準よりも早いスピードでここまで発展してきました。(ところで、法人格の違いで会計報告が変わることも本質的ではないため、「非営利組織会計検討プロジェクトのような、非営利法人間の会計基準統合の動きも進んでいます。)

事業の資金調達方法を発達し多様化させるためにも、会計基準は重要な構成要素です。例えば、学校債や医療機関債のように、より大きな社会課題解決のためにNPO法人債を発行できないかといった現場の声を聞くこともあります。もちろん事業規模を拡大するだけが正しいわけではありませんが、より大きな社会課題解決のための選択肢が広がることは望ましいと思います。そして、ほぼ同様の事業を行う学校法人とNPO法人があったとして、有形固定資産の減損や棚卸資産の評価といった点に差異が大きければ、不透明性を案じる投資家からNPO法人に資金が流れにくくなるというのが投資の原理でしょう。その他の資金調達に関する事項においても、会計の問題は常についてまわるでしょう。会計は情報の非対称性を解消するためのツールであり、ソーシャルセクターの発展を助けるものであるべきです。

 

■各改正論点の解説

 各改正論点については、先述のポイント解説新旧対照表にも記載されていますが、ここでは実務経験を通じた個人的見解を加味して解説しています。一方で、コンパクトな解説をしていますので、気になる論点があれば関連条文もご確認ください。また、実務を進めていくなかで不明な点があれば、お近くの会計専門家へご質問されたり、みんなで解決!質問掲示板などもご利用ください。

改正項目1 受取寄付金の認識

【趣旨・概要】

活動の実態をより適切に表すべく、受取寄付金の収益計上時期が「実際に入金したとき」から「確実に入金されることが明らかになった場合」に改正されました。受取寄付金については、最終的な入金までにタイムラグが生じることが多く、業績把握上で課題がありました。

【実務上の対応】

昨今は多様な寄付形態がありますが、以下に該当するものがあれば影響が出る可能性があるため、事前に洗い出しを行ってください。

特に影響があるNPO法人が多いのは、クレジットカードによる寄付とクラウドファンディング等による寄付です。追い込み計上のタイミングによっては、決算スケジュールに影響を及ぼします。なお、実務上は確定した寄付金明細通知が書面で届くまでに1ヶ月以上かかることもあるようですが、速報データをweb等で入手できることも多いようです。確定額との差異は僅少なことが通常ですので、速報データを用いて未収計上するのも実務的と考えられます。なお、改正基準を採用した年度では、クレジットカード決済額が1ヶ月多く13ヶ月分計上されることが想定されますので、過年度との比較を行う際にはご留意ください。

また、現物寄付や遺贈寄付が決算期またぎで申し込まれることはあまり多くないと思いますが、金額的重要性が高い場合には未収計上を行ってください。

なお、受取寄付金は、法人税上は非収益事業であり、消費税上は不課税取引のため、税務上の影響は軽微です。

【参照条文】

NPO法人会計基準 13、Q&A13-1~13-8

改正項目2:役員報酬と役員及びその近親者との取引の明確化

【趣旨・概要】

役員に対する支払総額を、活動計算書や注記において把握しやすいように明確化しました。

【実務上の対応】

端的に言えば、役員に対する支払総額の全体像を表した以下のマトリクスの整理が必要ということです。これまで②④については、他の職員分と合算されて活動計算書上で給料手当として表示されていましたが、経営の透明性を高めるため、注記項目である「役員及びその近親者との取引」の中で開示することとなりました。

役員が少人数のNPO法人であれば問題ないと思いますが、一定規模以上のNPO法人であれば、以下のマトリクスを意識したフラグを会計ソフト上で何かしらたてる必要があると思われます。

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上記を踏まえ、ご使用されている注記テンプレートが改正後のNPO法人会計基準に準拠していることを確認する必要があります。会計ソフトによってはまだ対応中のところもあるかもしれませんが、次第に対応するものと思われます。

【参照条文】

NPO法人会計基準 14、31、注解24、Q&A14-4、Q&A31-1

改正項目3:その他事業がある場合の活動計算書の前期繰越正味財産額及び次期繰越正味財産額の表示

【趣旨・概要】

多くの記載例でそうなっていることもあり、「その他の事業」で生じた正味財産増減額について、単年度ごとに特定非営利活動に係る事業に100%繰り入れなければならないとの誤解が生じがちであったため、活動計算書の様式4における表示形式が改正されました。

なお、特定非営利活動に係る事業に100%繰り入れを行わなければ、区分経理によって「その他の事業」に紐づく資産と負債/正味財産をより明確化できるようになると思われます(公益法人会計の開示に近いイメージ)。

【実務上の対応】

「その他の事業」を行っている場合、会計ソフトやエクセル等で、活動計算書のテンプレートが改正後のNPO法人会計基準に準拠していることを確認する必要があります。会計ソフトによってはまだ対応中のところもあるかもしれませんが、次第に対応するものと思われます。

【参照条文】

NPO法人会計基準 23、様式4

改正項目4:特定資産

【趣旨・概要】

Q&Aで改めて明確化したのみで、取扱に特段変更はありません。使途が制約された寄付による資産を「特定資産」として貸借対照表上で表示し、分別管理をしていることを明確化することが望ましい、ということをより強調しています。

【実務上の対応】

「特定資産」として貸借対照表上開示することで、特定目的のために寄付をした寄付者に対して分別管理を行っているメッセージを示すべきか、意思決定する必要があります。

また、今回の改正に関連する事項として、特定資産をサポートしている使途が制約された寄付の取り扱いについても確認されると良いと思います。気がついたら重要性が高まっていたということもありますので、注記で足りるのか、指定正味財産方式によるべきか、再度ご確認ください。

【参照条文】

 NPO法人会計基準 注解13、Q&A27-3

 

 

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Endgame

■Endgameとは

「What's Your Endgame?」は、SSIR(Stanford Social Innovation Review)2015年冬号で発表された論文(英語のみ)です。Endgameのエッセンスを端的に言えば、「非営利組織はともすれば単独での事業規模拡大を目標にしがちだが、事業によって目標設定を戦略的に選び分けることで、社会的インパクトの最大化に近づくのではないか」というものです。

 

Endgameには、典型的には以下の6つのパターンがあるとされています。しかしながら実務上は、どれかひとつのパターンにそのままあてはまるのではなく、複数の組み合わせとなる事例も多いと考えられます。

 

①Open Source(資源のオープン化) 

社会課題解決に役立つナレッジ等の資源を社会に公開することで、その主要な役割を終えるパターンです。論文では伝統的な事例としてアルコール依存症を挙げており、その治療法のメインフレームワークとなる研究結果を公表した時点で、非営利組織(研究機関)はその主要な役割を達成したとあります。

②Replication(複製化) 

社会課題解決のロールモデルをつくり、言わば「のれん分け」をしていくパターンです。例えばTeach for Americaが、Teach for ALLへの加盟プロセスを通じ、Teach For Japanのような世界の拠点をつくった事例は、これにあてはまるでしょう。

③Government Adoption(行政事業化) 

非営利組織がアドボカシー活動を通じて自らの事業を行政にも採用してもらい、社会全体での規模拡大を狙うパターンです。例えば、これまで主に民間で行われていた社会的養護出身の学生むけ給付型奨学金が、平成30年度から日本学生支援機構により制度化された事例などは、これにあてはまるでしょう。

④Commercial Adoption(商業化) 

営利企業の事業活動の「スキマ」に落ちてしまう分野に対し、非営利組織がソーシャルビジネスとして取り組み成功し、次第に営利企業も参入してビジネスとして成立するパターンです。論文でも例として挙げられているマイクロファイナンスの商業化などはまさにこれにあてはまり、現在では多くの商業銀行も参入し、ビジネスとして成立しています。

⑤Mission Achievement(ミッション達成)

ミッション達成により事業を終えるという、理想的なパターンです。論文では、ポリオワクチンによってポリオウイルス感染が大きく減少した事例が挙げられていますが、あわせて非営利組織が次の社会課題解決にシフトしていくことの重要性が説かれています。

⑥Sustained Service(事業継続) 

通常イメージしやすい発展の形、すなわち単独の非営利組織による事業規模の拡大のパターンです。その一方で論文においては、社会課題の規模に比して単独の非営利組織で対峙できるものはそう多くなく、アプローチに限界のあることも説かれています。

 

 

 

■Endgameのファイナンス的検討

Endgameをファイナンス的に捉えれば、パターン①~⑥の事業規模の推移イメージは、以下の図のように表されます。ただし、戦略の選択が適切であれば、いずれのパターンにおいてもソーシャルセクター全体における社会的インパクトは拡大していることにご留意ください。また、個々の非営利組織からの観点で考えれば、社会的インパクトの投資効率が最も高いのは、Open SourceかReplicationであるとも論文では述べています。

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なお、事業レベルではかようにEndgameをむかえますが、組織全体としては複数の事業を持つことが通常であるため、非営利組織は次の社会課題解決のために存続します。このような考え方は、経営学の古典であるプロダクト・ライフサイクル仮説にも類似していると言えます。 

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非営利組織に限らずソーシャルビジネスにとって、事業規模を拡大することは非常に重要です。しかしながらEndgameは、単独の非営利組織だけで社会課題解決を追い求めるのには限界があることを述べています。その一方で、組織には得てして既存事業の継続的規模拡大という「慣性」が働くため、Endgameのような考え方をマネジメントで内外に共有することには、大きな意義があると言えます。

 

非営利組織の取り組むべき具体的な社会課題解決方法および事業は、時代とともに変わっていきます。 この変化に対してマネジメントが意図的に対応できるかによって、時代が変わっても必要とされるソーシャルビジネスになりえるかが試されているのだと考えます。 

 

 

■事例分析(かものはしプロジェクト)

日本の非営利組織におけるEndgameの事例として想起されるのは、かものはしプロジェクトのカンボジアの支援終了とコミュニティファクトリーの独立です。リンク先のインタビュー記事にもあるとおり、かものはしプロジェクトは2017年度末をもって、団体創設当初から続けてきたカンボジアでの活動終了を決定しています。これをEndgameにあてはめれば、カンボジアの児童買春問題は大きく改善しており、Mission Achievementとも言えるでしょう。また、警察含めた行政の関与については、Government Adoptionの要素もあるでしょう。

 

かものはしプロジェクトの財務情報が示すとおり、5年間の推移をみれば、カンボジア支援事業は規模が縮小し、インド事業およびコミュニティファクトリー事業は規模が拡大しています。また、今後の決算では、コミュニティファクトリー事業も独立分離されるため、動向が引き続き注目されます。 

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